猿渡太一の事件簿(前編)

「ふん。何もないところだね」
朝食の席で顔をあわせた猿渡は不機嫌そのものだった。
「紅茶はティーバッグ。僕はフォションしか飲まない主義なのだ。おまけにこのトースト。バターが端まで塗られていない!」
「それは暗に僕のバターの塗り方が気に入らないと言いたいわけだね?」
僕は猿渡が罵倒したティーバッグの紅茶をすすりながら言った。
「おいしいじゃないか。普段僕が家で使っている100パック入りのお買得セットよりは、香りも味も数段いい」
「残念ながら、僕は君のような味オンチではないんだよ、観月君」
猿渡は私を心の底から哀れむように大きなため息をついた。
猿渡がこうまで不機嫌なわけは、彼が極度に朝に弱い性質だということ以外にもう一つある。
僕が紅茶のおかわりをしようと席を立ちあがろうとしたその時、猿渡の不機嫌の「原因」そのものが、レストランの入り口に姿を現した。


「これはこれは、サルワタリさん!おはようございます!」
大声で呼ばれたのにもかかわらず、猿渡は横を向いてそれを無視しようとした。
そんな彼の小さな抵抗にはまったく気がつかないのか、身長180センチ、体重は恐らく3ケタに近いその男は、
「お。朝食中でしたか」
などと言いながら私たちが座っていた4人がけのテーブルに近づいてくると、あいていた猿渡と僕の間の席にどっかりと腰を下ろした。
椅子がギイ、と小さな悲鳴を上げるのが聞こえた。
「サルワタリじゃなくて、サワタリです。何度言ったら覚えてくれるんですか、大山さん」
「ははは。よく間違えられますが、私の名前は大山じゃなくて、小山です。サルワタリさん」
恐ろしいのは、この二人がまったく真剣そのものに会話をしていることだと僕は密かに思う。


「小山さんも、昨夜はここにお泊りになったんですか?」
猿渡の眉間の皺がこれ以上深くなる前に、僕は慌てて話題を変えた。
「いやあ、泊まったというか、一晩中捜査をしておっただけです。もう3日、風呂に入る暇もないですなあ」
その言葉に猿渡は顔をしかめて、小山からわずかでも距離を置こうと椅子を引いた。
「まったく、妙な事件です。何しろ手がかりがほとんどないのですから」
そう言うと、小山は傍を通りかかったウエイトレスに、
「冷コーひとつ!」
と大きな声を上げ、彼女から、
「朝食の時間帯はバイキングスタイルとなっております」
と冷たくあしらわれていた。



このまま話を続けてもよいのだが、読者に混乱を招きかねないので、ここらで簡単に登場人物の紹介をしておくことにしよう。
まず僕、観月光太郎。職業は・・・・まあ、物書きである。
この物書きという言葉が、ある分野の小説において非常に使用頻度が高いことは、上清水賞に興味があり、
このような僕の駄文までを読んでくれる物好きな皆さんなら、よくご存知のことだと思う。
そしてさっきから不平不満を体全体で表している小柄な男が、猿渡太一。僕の長年の友人である。
彼の職業は・・・・これもまた、こういった物語にはありがちであるが、探偵である。職業に探偵と名乗る人物はたいていどこか変わっていて、
エキセントリックな人間が多い印象があるが、彼もそういう意味からはまさに「探偵」だと言えるだろう。
実は、僕が猿渡と出会ったのは、僕らが中学生だった頃のある事件がきっかけなのだが・・・それはまた、機会があればお話したいと思う。


僕たちがこの清香島にやってきたのは、取材のためだった。
某本格推理作家が、長年の沈黙を破って久々に発表した「沈黙館の殺人」という作品が売れに売れ、世間ではいわゆる本格ブームが巻き起こった。
僕のような作家とは名乗ることもおこがましいような物書きのところにさえ、そのブームの余波はやってきた。
「本格ミステリィ特集」
僕がたまに短いミステリィを発表している雑誌の次回のテーマがそう決まったと編集者から聞かされた時は、思わず頭を抱えた。
何しろ僕は本格物など、書いたこともなければ書いてみようと思ったことすらないのだ。
僕の得意な分野はいわゆる日常の謎系である。給食のハンバーグが消えた謎や、毎週水曜日になると校庭の二宮金次郎像が逆方向を向く謎なら何とか解くこともできるが、
今回のテーマは本格物である。
本格というからには、舞台は怪しい伝説を持つ島でなければならない。そしてそこには古い洋館があって、殺人事件が起こるのだ。
単細胞は羨ましいね、と皮肉を言って傍観を決め込んでいた猿渡だったが、出発の直前になって突然、
「仕事の都合がついたから、僕も行く」
と言い出した。もちろん、猿渡がそう言いだすことは僕にはお見通しで、チケットもホテルの予約も二人分を済ませていた。
猿渡個人に関しては、つまり、僕のほうが洞察力は上だということだ。


清香島は、想像以上にリゾート地のような穏やかな島だった。
来る前に調べていた清香島の伝説にはおどろおどろしいものもあったが、穏やかな気候のためだろうか、手つかずの自然が多く、
本土ではあまりお目にかかれない動植物が生息しているため、観光客もちらほらと見かけた。
僕はすっかり取材目的の旅だということを忘れ、おおはしゃぎしては猿渡のひんしゅくを買っていた。
このまますっかり観光旅行として旅が終わってしまうかと思われた一週間目の夜、その事件は起こったのだ。


僕たちが泊まっているホテルの宿泊客の一人が、部屋の中で死体で発見された。
発見者はそのホテルの客室係である。一人で宿泊していたその女性客がチェックアウトの時間になっても下りてこず、電話をかけても出ないことを
不審に思った支配人から指示を受け部屋に入ったところ、ベッドでうつぶせになっている彼女を発見したのだという。
「君がちっとも取材をしないから、事件の方から君に近づいてきたんだよ」
猿渡は不謹慎なことを、それもあくび混じりで言った。
「いっそ、ここで君が『僕がやりました』と言って自首してみれば、体験取材もできるんじゃないか?」
そこを通りかかったのが、事件の捜査に来ていた小山刑事だったのだ。
彼は恐ろしいことに猿渡の言葉を真に受けたようで、
「ちょっとお話を伺っても良いですか?」
と、はちきれそうなスーツの胸ポケットから警察手帳を取り出すと、僕と猿渡をほとんど引きずるようにホテルの外へ連れ出した。
僕たちは気がつくとパトカーに乗せられ、なぜか事情聴取をされていた。
多少時間はかかったが何とか誤解は解け、二人とも無罪放免となったわけだが、猿渡の職業が探偵であることを知った小山は、
「僕は学生の頃ミステリィ研究会に入っていたんです!」
と感激の面持ちで猿渡を見つめ、
「いやあ、本物の探偵さんに会えるなんて、感激だなあ!」
とたくましい右手を差し出してきたのである。


「で、ですね。ここは一つ、サルワタリさんのご意見をお伺いしたいと思いまして」
小山はえほん、と咳払いをすると、辺りを見まわし、声を潜めた。
猿渡はうんざりしたような顔のまま、曖昧に頷く。
「被害者については?何か分かりましたか」
もう自分の名前を訂正する気力は失せたようだ。さっそく本題に入る。
「ええ。被害者は東京の薬科大学に通う、森尾清香、22歳でした」
「キヨカ?」
猿渡が聞き返す。
「そう、清香島の”清香”です。何か関係あるのでしょうか」
「偶然じゃない?」
僕の言葉は猿渡にも小山にもあっさりと無視された。


以下は小山が僕たちに語った話である。箇条書きにしてみる。


・森尾清香の死因は、鋭利な刃物で胸部を刺されたことによる失血死である。
・清香は殺害される二日前、一人でこのホテルにチェックインしていた。ホテルの予約名簿では
 宿泊人数は2人となっていたが、当日現れたのは清香一人だったらしい。
 キャンセル料については、ホテルの規定どおり清香が支払うことで合意していた。
・森尾清香はこの島で幼少時代を過ごしていた。森尾家は、清香島ではもっとも裕福な家で、彼女はそこの
 一人娘であった。
・小学3年生の頃、清香の母親が失踪。夫と娘の清香に対して詫び状とも取れる書置きが残されていたため
 捜索願が出されるも、家出人として処理される。その後、彼女の行方は10年以上経った今も不明である。
・小学校を卒業すると同時に、清香は父親と共に静岡へ引っ越す。父親は、清香が高校1年生の時に再婚、
 その直後から清香との関係がうまくいかなくなり、清香は東京の大学に進学が決まったことをきっかけに
 一人暮らしを始める。父親は結局、再婚相手とはその後まもなく離婚。現在は清水市内で一人暮らしである。
・大学のクラスメイトは、清香がこの島に旅行に来ていたことを知る者は少なかった。数少ない友人の一人は、
 「母親の墓参りに行く」と聞いていたらしいが、その行き先までは知らなかったという。


「あの」
突然頭上から声がした。
顔を上げると、さっき小山がアイスコーヒーを頼もうとして断られたウエイトレスの女性が水の入ったグラスを載せた
トレイを持ったまま立っていた。
「すみません。今のお話、偶然聞こえちゃったんですが・・・」
「大山さん、声が大きすぎるんですよ」
猿渡が小山を睨み付ける。相変わらず名前を間違えているのは、わざとなのか素なのか判断がつかない。
どうやら、小山の声は体格に似て、小声のつもりが小声になっていなかったようである。
ウエイトレスは一瞬厨房に目をやり、それから早口で言った。
「私、清香とは幼なじみなんです。もしかしたら、少しはお役に立てることを知っているかも知れません」
「君、今日この仕事は何時まで?」
小山がたずねる。
「・・・8時までです」
「その後、少し話を聞かせてもらっていいかな?」
猿渡の言葉に、彼女は硬い表情で頷いた。



**********第2回上清水賞テンプレ**********
【ルール】
 2人1組で参加する覆面ブロガー同士の、ミステリィ創作作品によるタッグ戦(ダブルス)です。

  参加の流れは、以下の通り。

  1・一緒に参加するパートナーを探す
  2・トラバ作品の導入部(事件編)を受け持つか、解決編を受け持つか
   、2人で相談して担当を決める
  3・前半部担当者が、この記事にトラックバックする
  4・後半部担当者が、前半部の記事に解決編をトラックバックする

1人目は上清水から出されたお題を踏まえて、舞台となる清香島で
事件を発生させて(謎を提示して)ください。
2人目は、その事件の解決部分を書いてください。
前回と違い、前半部が出揃ってから後半部がスタートするシステムではなく、
エントリー期限中に両方ともTBを完了させてください。
前半・後半の同時TBももちろんOK。

なお、ご参加の際にはタッグチーム名も用意していただければ幸いです。
 
 エントリー期限は本日から3月31日(木曜日)23:59までです。
 
 【審査方法】
 ●巨匠・上清水一三六が自ら最優秀作品を選出。
    その他、場合によっては部門賞もあり。
 
 ●参加条件はすべての覆面ブロガーによるチーム。

  「覆面ブログ」の定義は、通常メーンで記事を書いているブログ以外
のブログ。
そして、書いている人間の正体が通常ブログと同一人物であることが
〝バレていない〟と自分で確信していることです。自分でバレていないと
信じていれば、実際にはバレバレでもかまいません(笑)。

  TB人数制限はありません。原則として1チーム1TBですが、パートナーが
異なる場合には別チームとみなしますので、相手を替えれば何作品でも
TB可能です。また、覆面さえ別のものに着け替えれば、中の人同士が
同じ組み合わせでもかまいません。

 ※誰でも参加出来るようにこのテンプレを記事の最後にコピペお願いします。

 ★会場   激短ミステリィ    
 http://osarudon1.exblog.jp

**********第2回上清水賞テンプレ**********
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# by scarlet_dragon | 2005-03-31 23:42